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バベル 2007-02-19

Babel原題:BABEL
邦題:バベル
時間:145分
公開:2007-04
製作年度:2006
製作国:アメリカ
配給:GAGA
製作総指揮:
製作:スティーヴ・ゴリン、ジョン・キリク、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ 
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
脚本:ギジェルモ・アリアガ
原作:
撮影:ロドリゴ・プリエト
音楽:グスターボ・サンタオラヤ
出演:ブラッド・ピット 、ケイト・ブランシェット 、ガエル・ガルシア・ベルナル 、役所広司 、菊地凛子 、アドリアナ・バラーザ 、エル・ファニング

何組かの登場人物の時間軸で展開する物語を構築して、その後バラバラに解体して、時間軸をずらしながら再構成していく、そんなタイルを割ってモザイク絵を作るような芸風。「21グラム」では、その再構成が複雑すぎて、観客側からかなりの距離を歩み寄らなければ「理解不能」になっていた。ってわたしがバカだからかもしれないけど。ただ、その再構築が作為的すぎて、イニャリトウはわたしの肌にあわないって前提。で、今回の「バベル」。原題のままに映画のテーマを解釈すると、もちろん旧約聖書のバベルの塔だし、プレスにもそう書いてあるわけで、「言葉」を失って荒野へ追放された慢心した人類への神の怒りの物語。そういうことなんだろうし、そんな神話世界が現在の地球上においても、「神のまなざし」で見ると、人類は相変わらず荒野で「言葉」を失って彷徨しているのさ、ってことね。そんな「言葉」さえも隔絶した荒野に生きている「処女」が愛を求める聾唖の女子高生っていうわけかしら。手話が言葉であるのか、「聞こえる」という現象が「言葉の存在」には必要なのか。ともあれ、作品全般で「音」が必要以上に強調されているなか、その「音」としての「言葉」が民族間で非共通っていう悲劇よね。そんな「音」さえない聾唖者の彷徨う「都会という風景の荒野」と安息の場所になりえない「高層マンション=現代のバベルの塔の頂上」がクライマックス。そんな解釈と深読みをしていくと、イニャリトウが「21グラム」からひきずるメキシコのカトリック教徒(80%以上だそう)で、インディオの土俗的信仰にある「恵みの女神」と融合したマリア信仰という民族的に摺りこまれた「前提」が浮き出してくるような気がするわ。ともあれ、重い重いストーリーで辛かった。でも「21グラム」ほど解体が過激でない分、あっけにとられるストーリーの跳躍が少なかったから「怒り」まではいかなかったわ。150分は長く感じなかったけど、それは作品として「必要な長さ」だったからかもしれない。冗長じゃなかった、っていう意味。メキシコ人の乳母がすごい存在感あるなって思ってたら、リンコとともに助演女優賞候補なのね。わたしとしてはメキシコ人乳母の勝ち。リンコは上に書いたみたいに映画のテーマとしてのキーパーソンなんだけど、演技者としてはどうかしら。

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