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女ざかり  2006-10-31

Onnnazakari邦題:女ざかり
時間:118分
公開:1994-06-18
製作年度:1994
製作国:日本
配給:松竹
製作総指揮:大谷信義
製作:中川滋弘 
監督:大林宣彦
脚本:野上龍雄 、渡辺善則 、大林宣彦
原作:丸谷才一
撮影:坂本典隆
音楽:久石譲
出演:吉永小百合 、津川雅彦 、風間杜夫 、藤谷美紀 、月丘夢路 、三國連太郎 、岸部一徳 、高島忠夫 、片岡鶴太郎 、中村玉緒 、宍戸錠 、松坂慶子 、山崎努 、前田武彦 、高松英郎 、峰岸徹 、尾美としのり 、入江若葉 、坊屋三郎 、根岸季衣

大林宣彦監督の「リアルな描写」が、リアルな存在になりづらい「吉永小百合」の主役映画を作ってしまった悲劇。吉永小百合という存在は多分「最後の大女優」っていう同義語といっていいと思うけど、「人間・吉永小百合」っていうのはいないと思うの。その「吉永小百合と呼ばれる女優は」常に「女優・吉永小百合」を演じ続けていて、「女優・吉永小百合が演じる役柄」を演じ続けていて、実態はどこにもないの。きっとね。でも大林宣彦監督がこの作品で「等身大の吉永小百合=映画の主人公」を表現しようとしてるみたい(「女ざかり」というタイトルが吉永小百合本人の存在へも意味してるかも)なんだけど、監督は「吉永小百合と呼ばれる女優は実在するけど、吉永小百合を演じてる女性は実在しない」っていう日本映画界の秘密を知らなかったのかもしれないわね。だから映画はドキュメンタリータッチなカメラワークや「日常風なリアルなセリフ」や「リアルに濡れ場っぽいセリフ」を吉永小百合に語らせるっていう試みは全編にわたって空周りし、リズムを失い、すべって、破綻してるの。吉永小百合は吉永小百合として存在しているだけで、生きている人間っていう扱いをしちゃいけないと思うわ。日本映画界には過去にはそういう「役者」が沢山いたと思うけど、最近は絶滅種っぽく、あとは高倉健くらいかしら。丹波哲郎は亡くなっちゃったし。

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